- 【 功名が辻 】
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戦国時代、信長・秀吉・家康に仕え、土佐の大名になった山内一豊と妻・千代の話。全4巻、文春文庫。
昨年の大河ドラマとして、ご存知の方も多いと思います。読んだ当時は学生時代か、社会人になって間もない頃でしたが、嫁入りのバイブルだと思い、今も思っています。尤も千代のように、夫を出世させる良い奥さんではないし、裁縫も大嫌いですが。
ぼろぼろの伊右衛門と家中で渾名される、山内一豊と千代が結婚する。伊右衛門は早くに父を亡くしてふたりの家臣(祖父江新右衛門、五藤吉兵衛)に育てられ、暮らしは貧しいながらも血筋の良さが知れる面立ち、千代は美濃の豪族・不破氏のもと、裕福な環境で育った評判の美人。冒頭、千代の嫁ぎ先が貧しいことを心配する不破市之丞に、千代の母は「貧しい方が将来が楽しみ」と話す。序盤にしか登場しない、千代の母親もまた非常に聡明な女性で、夫の育て方の先生といったところです。
自分の賢さを無邪気さで隠し、夫をおだて、それとなく夫を出世街道に導く。『太閤記』の秀吉と寧々はどちらも才気に富んだ夫妻ですが、この作品は律儀さだけの夫を妻が育てる。もちろん、夫も妻に甘えるばかりではないし、戦場ではここぞとばかりに槍働きもします。でも千代の意見には従順で、そういう夫を持った千代もまた幸せ者だと思います。側室の話は、律儀な一豊の人間味が感じられます。ここも大河ドラマは随分違ったようですが、生身の人間臭さと彼の小心さがわかる、彼の拒み方は好きです。幕末の土佐藩士・武市半平太のこともちらりと書かれていますが、彼の妻と土佐藩祖夫人が同じような行動を取り、同じ結果を得たことはまさに縁だと思いました。
北政所との関係も良いです。司馬作品の寧々は英気溌剌、陽気で嫉妬心もなく、人心掌握の手段も嫌味がない。千代が地上で最も好きな女性と言うのも、家康が気を使うのも納得の人物。淀殿は悪女として書かれていません。容貌が恐ろしく美人で、頭の中身は極めて凡庸なだけです。彼女を中心とした派閥が北政所より悪質で、大蔵卿を始め側近の女性が器量もないのに、権力をかざしたこと。そういう人間に囲まれ、育てられた不運な女性です。
妻が夫を出世させるとはいえ、とんとん拍子に物事は進まなく、家系は常に窮迫。五藤吉兵衛の死、苦難の末にたった2万石の大名になったところで、やっと授かった娘を失う。それでも物語に暗く悲しい印象は薄いです。最後までは。土佐の大名になった途端、一豊は人が変わったようになり、千代の意見に耳を貸さず、幕末まで尾を引くようなこともしてしまう。あとがきで高知城に移り、一豊との死別が書かれていますが、それがなければ後味の悪い終わりでした。彼の栄達は千代あってのもので、元々は大国の大名になる器量もない無能な男、それを彼が領内を平定するために取った手段を通して書かれ、千代の口を通して言わせている。『功名が辻』における山内夫妻の夢と現実が、終盤に厳しく綴られています。
十両の馬
戦前まで教科書にも掲載されていた、有名なエピソード。金がないから「女房殿に相談する」と馬商人に言う一豊。千代は馬の話を聞いて、叔父から持たされた黄金を差し出す。千代の隠し金に一豊は激怒し、千代は困った挙句、夫が自分に対して賢しらで考えが読めないという印象を消すために泣く。ここの千代の賢さは、嫌味なほどです。遂には一豊に謝らせてしまうのですから。千代が黄金十枚を払って買ったのは、駿馬ではなく、噂でした。馬は死ぬけど、噂は死なない。山内伊右衛門はなかなかの男だという評判こそ、彼女が買おうと思ったことで、信長も彼のおかげで尾張侍は不甲斐ないという噂にならずに済んだと言う。千代が買った噂が一豊を名士にし、尾張の名誉をも守ったことにもなりました。
作り話とも言われているし、男女差別云々の野暮なことは置いて、いざという時に備える心構えが必要という意味で、現在の教科書に乗っても良いと思いました。
この十両の馬と似たようなものが、関が原での手紙でしょう。一豊が千代からの手紙を、彼女からの指示通り開封せずに家康に渡す。家康はあの手紙で諸侯の気持ちを掴み、関が原で勝利したということで、土佐を彼に与えた。山内一豊が土佐の大名になれたのは、千代の手柄ということになります。
千代
山内一豊の妻の名前は「おまつ」説もあるようです。あとがきで、司馬氏は千代の方が、知性的な閃きがありそうということで、千代を採用したと書かれていました。いつまでも若々しく、幼さ残る彼女には、おまつという名は重々しいかもしれません。千代紙の「千代」は彼女が端切で小袖を作ったから、という話もあるとか。
おまつは、前田利家正室のイメージが強い。でも賢夫人として名を残したふたりの名前が、同じ「まつ」というのも面白い因縁です。
話は逸れますが、寧々や茶々、菜々(長曽我部元親室)、やや(寧々の妹)、禰々(信玄の妹)のように、同じ音を重ねる名前は歴史ある名前なのでしょうか。
枡を返してまな板代わりに使っていたそうですが、その枡は戦災で消失されたそうです。つい60年ほど前までは、存在していたことに、寧ろ驚きました。それと同時に、勿体無いとも。
大河ドラマ
原作との余りの違いに、3回程度で見るのを止めましたが、新聞などであらすじを読む度に、がっかりしました。全話見た母も、原作を読んだとは思えない脚本と言っていました。原作では信長と濃姫、光秀の間に三角関係的な描写は一切ありませんし、竹中半兵衛と千代に交流もなく(半兵衛はもちろん結婚したし)、一豊の武功は毎回並程度です。寧ろ、毎回並程度の武功を挙げる妙が強調されています。
ああいう脚色を好む人はいるでしょうけど、もっと原作を大切にしてほしかったです。司馬氏が存命されていたら、怒ったのかもと勝手なことを思っています。大河ドラマを全て否定するつもりはありません。原作とは随分違いましたが、六平太と千代の関係は悪くないと思いました。ドラマを見た人が「司馬遼太郎の作品はあんな感じ」と思うかもしれない。そう考えると悲しくなります。
テレビ朝日系列のドラマ(宅麻伸と檀ふみ主演)の方が、原作のイメージを損なわず、楽しめました。多分脚本は、原作を大切にしていると感じたんだと思う。
法秀尼が一豊の実母、山内を「やまうち」と読むのは大河ドラマのほうが正しく、NHKは北政所を「おね」と呼ぶのに、このドラマでは原作に忠実に「寧々」でした。他に忠実にしてほしい箇所が山ほどあるので、何とも言えません。