尻啖え孫市

講談社。上下巻に分けても良いのでは、と思う厚さ。本体価格933円は、文庫本にしては高いかと。しかしテンポ良く、グイグイ引き込まれる物語です。
真赤な袖無羽織、背には黒く染め抜いた八咫烏、真白になめした革ばかま、黄金づくりの大小に大鉄扇を持つ大怪漢。傍若無人で自由気侭、鉄砲と女好きは日本一というスケールの大きさを、冒頭の服装でも現されています。雑賀・根来衆は、味方につければ勝つと言われる鉄砲を装備した集団で、恐らく当時、傭兵集団はこのふたつしかなかったと思われます。孫市はその頭目で、鉄砲の腕前は群を抜き、その軍略は諸葛孔明・楠正成と同等、しかし乱世で功を立てることには執着せず、観音の尊位を与えた女に尽くすのが己の一生と断言する。その傍若無人で女好きの孫市は、読んでいて「痛快」の連続です。彼の女好きも、戦の作法もひとつの美学があり、何とも魅力的な戦国時代の自由人として描かれています。鈴木孫市(本名)は史料が少ないのに、重要で良質な資料にはポツポツ名前が出てくると司馬氏が話していたらしく、その孫市を魅力的に作られたあたりはさすがです。単なる創作と言うのは簡単かもしれませんが、当時特異な立場にいた史料も少ない人物を主人公に据え、読者を引き込む人物に仕上げるのは容易ではないと思うのです。
主人公は孫市ですが、信長、秀吉、信玄に謙信と、当時の名立たる武将のことも、簡潔ながらも魅力的に書かれています。また序盤に寧々が登場しますが、この寧々が非常に活動的で機知に富んでいます。作者自身が北政所に興味を持って調べるうちに、この女性が好きになったそうですが、寧々好きには堪りません。友情を育んだ藤吉郎にも寧々のことを褒め、藤吉郎との友情に免じて寝たいのも我慢したから「恩に着てもらわねば困る」と言い、藤吉郎も「お寧々だけは勘弁してくりゃれ」と格別の愛情を示しています。
物語最後の2ページで、孫市の死は簡単に書かれています。痛快に進んだ物語の最後で、ぷっつりと幕が落とされた感があります。その死は恐らく病死だろうと書かれ、死因やその後の雑賀衆は重視されていません。しかし孫市の死によって、戦国時代は終わったと書かれています。孫市は当時の地侍の典型だったから、というのが理由です。孫市の死を書いたのは、彼の死によりひとつの時代が終焉したことを示すためだったのでしょう。しかしその死があまりに簡単に書かれたのは? あくまで個人的な感想ですが、底抜けに明るい楽天主義の愛すべき男の死を、長々と書くのは本人も筆が進まなかった、あるいは長々記述する意味はないと思ったのかもしれません。雑賀孫市自身が、その死を感情的に書かれることも嫌うように思います。笑って「またな」と手を振って過ぎ去る、そんな別れが似合うと思います。
藤吉郎と友情を育みながら、仲間になることがなく、信長に敵意を抱きながらもその死に涙を流す。いつまで経っても子供の、孫市の多感さばかりではなく、戦場で活躍する傭兵という立場も関わりがあるのでしょう。1969年に映画化されているようです。観てみたい。

敢えて古事記に
魚藍観音と名付けていた萩姫は後半全く登場しなかったのは、気になると言えば気になります。孫市は熊野で、八咫烏(鴨建角身命)の子孫と物語中で話していましたが、須勢理毘比売に正妻の座を奪われた、因幡の八上比売の趣があるかもしれない。でも孫市のキャラは大国主より素戔嗚尊だなぁ。

一向宗
親鸞を祖とする宗教は、良いも悪いも死ねば極楽に行ける、阿弥陀如来が救ってくださる、と大流行したそうです。以前の仏教は貴族の遊びでしかなく、庶民のものになったのはこの一向宗だそうですが、親鸞自身は弟子を取るつもりも、教団を作るつもりもなく、だからこそ日本史上に名を残す思想家と、司馬氏は度々書いています。宗教を利用する人の狡さ、汚さも、死を恐れないどころか寧ろ望む兵の強さも。
孫市は信仰心がなく、それどころか領主の権威をも蔑ろにするこの宗教に嫌悪感を抱きながらも、民の多くが信者という現実に苛立っています。その彼が本願寺に味方するのもやはり、観音の尊位を与えた女性のため、友人となった僧のため、信長への敵意のためです。
僧侶を嫌悪し、信仰心のない孫市が、雑賀の存亡を賭けた戦いの最中、ぽるとがる様こと小みちに促され、念仏を唱える。それは孫市だけでなく、小みち、本願寺の門徒、雑賀の民全てに変化を与え、勝利へと導く。宗教を嫌う孫市に念仏を唱えさせた場面、その内面の変化には「さすが」と嘆息ものでした。