- 【 馬上少年過ぐ 】
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新潮文庫、7編収録の短編集。
司馬遼太郎は短編よりも、長編が圧倒的に面白いと思っていますが、これは読み応えありました。過去に読んだ何作かの短編集と比べて、1番好き。
『峠』の主人公・河井継之介を描いた『英雄児』は、学友が「あの男の罪ではない。あの男にしては藩が小さすぎたのだ」と言い、「英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい」と結ばれています(『峠』でも同じようなことが書かれていました)。『峠』のダイジェスト版みたいで、さっくり読みたい方にも、既に読んだ方にも楽しめると思います。
泰平では無能こそ正義で、有能な人間は嫌われ、排除されることを痛烈に伝えているのが『重庵の転々』。わたし自身、町民文化には興味があっても、武士階級や幕府そのものには多少の嫌悪感を覚える3代目以降の江戸時代の、嫌悪感の源を書いているように感じました。
その重庵とは対照的に、最後に花を咲かせたのが『喧嘩草雲』。富裕な小藩なればこそできた、奇跡のような不戦勝と、彼が得た領分に、爽やかな読後感が残りました。
これが読みたくて買った表題作『馬上少年過ぐ』は、伊達政宗の話。このためだけでも、買って良かった。できれば長編でも書いてほしかった。
戦国武将で、三国志の曹操に相当する人物といえば信長だと思っていたけど、司馬氏は政宗を選出。梟奸さの中に、颯爽とした涼やかさがあるのは卓抜した詩人で、行動家だから。詩の材料は常に自分で「悲壮感に陶酔せず、自滅を美とせず」乱世を生き残ったけど、「大骨を折ったにしては天下を得ることなく」終わったところも同じと書いています。わたしは曹操との比較の、この数行だけで引き込まれ、曹操と政宗の並ならぬ魅力を突きつけられた気分になりました。
政宗といえば、生母が最上の鬼姫とも言われた於義。(史実かどうかはともかく)この作品でも、尋常ではない親子関係になっています。「体質として醜悪なものがうけつけられぬたち」が、政宗は「この点が皮肉にも於義に似て」いる。ただ於義は苛烈で身勝手な母親ではなく、軽率で浅慮、教養も浅く、兄が弟を殺すことになったのも「最初は単に政宗より次男のほうがやや可愛かった程度」という感情を担いだ家臣同士が招いた結果になっています。世の家督相続の乱れというのは、概ねこんな、ちょっとした感情を持ち上げて暴走した結果なのかもしれません。
長年、於義の詰問を聞き流し、遂に政宗に家督を譲った凡庸な父が持つ偉大な一面だと思いました。信長や家康、信玄、謙信などを例に、彼らが主君としていろんなことをできたのは、早くに父を亡くしたからだけど(信玄の例は「ひどく異常であった」)、輝宗は自らを葬るように家督を譲る。後に彼が、父親を見殺しにする経緯も良い。単に伊達家を守るため、だけではなく、権力や旧支配の排除、及び「かれの伊達家の確立」のために「異常であるべき」だったという表現が素晴らしい。
他にも戦国BASARA でもお馴染みの片倉景綱や、彼の嫂であり乳母の喜多など彼の近習の強い個性も面白いです。母親、乳母、傅人の激情と、生きながら自ら葬り去ろうとしている父親が、いじけた少年梵天丸を奥州の覇者に育て上げた経緯の生々しさを感じられました。三代将軍も乳母の他に良い傅人がいれば、立派な将軍に育ったのかもしれません。
非常に面白い短編で、心惹かれた一文を書こうと思えば、ほぼ全部書いてしまいそうな勢い。兄弟の別離はかわいそうでした。彼自身弟を「純良な若者」と言いながら、伊達家の禍とし、弟・小次郎も覚悟して刺殺される。母親の「やや可愛かった程度」が、それだけで済めばこんなことにならなかったのに、というやり切れなさを感じました。『覇王の家』の築山殿と信康の件に通じるものがあります。
政宗の詩作の才能、父親の(意外な)大物さ、非凡な傅人と読み応え抜群。お勧めの一作です。司馬氏本人の後書「文庫版のために」も必読。ここでも政宗の魅力を存分に語っていらっしゃいます。