- 【 項羽と劉邦 】
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タイトル通り、項羽と劉邦の話。上中下3巻、新潮文庫。
あまり興味がなかったんですが、陳舜臣の『小説十八史略』を読み直したら読みたくなった。直前に読んだ十八史略のおかげで、人物関係は比較的スムーズに頭に入っていきました。わたしのように中国史に興味・関心が薄く、知識もない人にはこの順序で読むと良いかもしれません。
劉邦は天下を取ったのが不思議なほどに負け続けますが、項羽が天下を取り損ねたのは納得。信長は項羽から学習すれば良かったのに、と思いました。何の後ろ盾もないならず者の劉邦が、とにかく人に慕われる性格だったところについては、秀吉に似ているかもしれません。自分の中で張良=竹中半兵衛でした。劉邦が得た人物で最も優れたのは張良かもしれないけど、蕭何も素晴らしい内政者だし、夏侯嬰も好きです。項羽も慕われてはいたけど、差別的な態度を取り続けたところが、劉邦と明暗を分けた原因のひとつだと思う。
テンポ良く物語が進み、読み始めると止まらないものがありますが、連戦連敗の劉邦が最後に項羽に逆転したあたりは、やや物足りないというか、もうちょっと読みたいところでした。
人望とは何か? それがこの作品のテーマとされています。項羽の不公平さ、苛烈で残忍な所業は人望とはほど遠いが、彼の死により栄達した「愚劣な五個の名前」、ひいては彼らを取り立てた劉邦に対しても似たことが言えなくもないと思う。
「項羽の死体と五つの名のむこうにある劉邦の相貌がどういうものであったか」
項羽と劉邦は単なる敗者と勝者でも、人望がない者とある者でも、異なる英雄像でもなく、人間の欲望や浅ましさを『史記』を用いて痛烈に書き記しています。
呂后
劉邦の正室で残忍な悪女として有名な彼女。この作品は項羽の死で終わっているので、劉邦死後の彼女の行為については、一切触れられていません。ただ「呂氏は、自分の身辺の者には愛情が深かった。偏愛は自分の肉親から奴婢にまで及んだ。」という表現が、後の呂后及び一族の専横への伏線とも読み取れました。
項羽に捕らえられた時に「目を鷹のようにするどくし、逆毛をたてるような表情でもって」項羽を無言で去らせた彼女は、単に権力への欲が深い残忍な女性ではなく、権力を使いこなす能力と、凛とした激しさを持ったかっこよさを感じました。
韓信
悲運の名将として有名だけど、戦上手で本当に優れた将軍。レキ食其については責められる点があると思うけど、この作品では総じてカイ通の謀略と、何より韓信自身の煮え切らなさが彼を破滅に導いたように書かれています。
韓信が劉邦の配下になるまでも、夏侯嬰と蕭何の目に留まり、劉邦を支えて来たふたりが劉邦に彼の才を訴える。それだけ才能に溢れた人物だったのか、冷遇した項羽に見る目がなかったのか、見抜いたふたりが凄かったのか。劉邦の天下に大きく貢献したに違いないだけに、もっと身の振り方まで考えれば良かったのにとも、だからこそ悲劇の将軍としての魅力があるのかも、とも思う人物でした。
虞美人
項羽と劉邦と言えば、登場する婦人はまず彼女でしょう。下巻になって漸く出て来ますが、項羽との出会いから別れまでがロマンティック! 小説十八史略は虞の自害を後世の創作と非常にあっさり斬り捨てていますが、本作では項羽は彼女を残すのが辛いから死んでほしいと望み、彼女もそれを了解して斬られる。有名な項羽の詩の解説も素晴らしい。
虞姫から項羽への愛の目覚め、鬼神と言われている項羽が「なぜ自分をこの人にふさわしい体に変えてくれないのか」と思いながら泣く場面が好き。単に男女の愛ではなく、項羽の人間性の面白さを書く上で、虞姫は重要な要素なのでしょう。