- 【 城塞 】
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大阪の陣による豊臣滅亡を描いた作品。上中下3巻、新潮文庫。
うーん、この小説の印象が強いせいか、どうしても好きになれない淀殿。『関ヶ原』は判官贔屓と言われたらそれまでだけど、本多正信や家康が好きになれないと思うところが多々ありました。が、本作で最も好きになれなかったのは、敗者の象徴・淀殿でした。大阪方では、後藤又兵衛が1番好き(次が幸村)なんですが、最後の大勝負に出た浪人たちを、結果的に死に追いやるのが淀を頂点とした大阪城首脳部で、彼らが憐れでなりません。本来は味方同士団結して戦わなければならないのに、最後まで信用されず、自分や秀頼を死なせないために使う道具扱いなので。戦場での姿は、東軍の彼らより失うものがないからか、美しく堂々と散るのに、この待遇はひどすぎる。
後世、ひどい言われようの千姫が好きです。板崎出羽守の件は「巷説ほどにおもしろいものではないらしい」と書かれ、後の千姫悪女説を否定してくれているのかな。大阪城から帰還したことを家康も秀忠も喜び、秀忠が「夫と共に自害しろ」と叱責したのも周囲を気にして、という表現になっています。幼い頃に政略結婚の道具として幽閉に似た生活を送っていた彼女が、父や祖父から愛されていた感じにほっとしました。
個人的に小幡勘兵衛とお夏の話は、なくても良かった気もする。物語の気分転換というか、別視点という立場だろうけど、あまり印象に残りませんでした(今回、読み返して思い出した)。
秀頼
北政所が大阪城にいて、しっかり彼を後見していれば人生が違ったと思われる人物。自分をとてつもなく高貴な女性と思いこんでいる淀殿に、太閤の遺児として世間知らずで無知な若者として育てられてしまう。無位無官の淀が権威を示すために常に彼を側に置いているあたり、本当にこの母は息子を愛し、息子のためを思ったのか? という疑問さえ感じます。
千姫とのやり取りは、互いに政略結婚の犠牲者で世間を知らない者同士、気の毒とは思えない微笑ましさが好きでした。自分で自分の友人を演じたり、千姫に自分が渡ってきたことをわざわざ説明する姿は可愛いとも思える。ただ、戦についても牛に驚いた若者らしく「於千も驚くな。わしも驚かぬ」と言うのは、乱世に二度も落城を経験した母を持つ男の発言かと思う。教育したり支える人物が悪過ぎたんだろうなぁ。
家康は最初から滅ぼすつもりだったか?
わたしの印象はノー。
秀吉死後、あれだけ専横した彼が千姫の輿入れだけは(世間体を慮った不本意なものだとしても)従い、孫の中で最も愛した彼女を敵中に嫁がせる。方広寺の釣鐘は、後世江戸幕府もひどい言い掛かりと認めていますが(尤も儒教の普及によるところも大きいと思う)、織田家のような形で豊臣家を残したい北政所の希望と同じような考えを持っていたからこそ、即戦争ではなく、交渉が何度か行われたと思います。ただ、交渉相手が淀ということから、最終的には戦になるだろうと考えたとは思う。開戦直前は、年齢による焦りがあったかな。
物語終盤、助命の希望を抱く淀たちに聞こえるように行った秀忠との芝居に、好き嫌いはともかく家康の老獪さ、天下取りへの執念、調略を含めた戦上手が凝縮されていて、最後まで淀との格の違いを見せ付けてくれます。
淀殿は悪女か?
現代の感覚でいえば、我が子が負傷するのを恐れて出陣を止めるのは親心。家康に譲歩しないのも、誇りを貫いた意志の強い女性と解釈できなくもない。しかしこの時代、家を残すのは最大の使命。家が大きいほど、仕える人物が多く、たくさんの命を預かっている自覚があるなら、何が何でも家名を残そうというのが、当時の正義だと思います。
それを踏まえると、信長の姪で関白の側室(くどいようだけど、無位無官。子を産んだことを除けば、多くの側室のひとりに過ぎない)だから自分は地上で最も高貴という勘違い、家康にとっても譲歩でもある交渉を打ち切って戦争。大砲に怯えて勝手に講和。西軍についた浪人たちの敵は、東軍ではなく自分たちの総大将という悲劇。読みながら何度、彼女さえいなければと思ったことか。豊臣家を滅ぼした=悪なら、悪女といわれても当然では?
最後に観念して、天守で堂々と自害なら後世の評価は多少違ったかもしれませんが、尚も自分と秀頼は生き残れると思って生に執着して蔵に籠もり、家康と秀忠の会話を聞いてやっと自刃は、戦国乱世の美意識とは大きくかけ離れている。例え大野修理に言われたとしても、この行動を見ると無用の汚名と言い切れないものも、十分あると思います。
彼ら母子への、世間に対するおおかたの気持ちして、紹介されているのが伊達政宗が息子・秀宗への報告文。
「散々比興(卑怯)なる」
「お袋(淀殿)も、かねての御口ほどもなく候て」
「是非なく候」
戦国を生き抜いた老人の「腹立ちともあざ笑いともつかぬ気持ち」という表現がぴったりだと思いました。