関ヶ原

タイトル通り、関ヶ原の戦いの話。上中下3巻、新潮文庫。
読み始めると長さを忘れる展開です。読んでみてください、としか言えません。読むのにエネルギーを使うのも事実ですが、話の面白さについ引き込まれて、一気に読んでしまいます。

読んでてすごいと思った人物
 ・北政所
 ・徳川家康
 ・芳春院(前田利家室)

読んでて惚れたと思った人物
 ・島左近
 ・大谷吉継

やってることは間違ってないんだけどなぁと思った人物
 ・石田三成

不運だなぁと思った人物
 ・黒田官兵衛

この物語の家康は老獪で好きになれないけど(でも本多正信の方がダメだった)、それまでの彼の人生を考えると天下取りの野望を持っても当然だし、戦国の常識を考えるとそれほど悪いことでもないと思う。儒教的な道徳が主流になった江戸中期以降の日本人と、当時の日本人では随分違うから。好感度は別にして、秀吉死後の家康の政治活動はすごい。戦の前に勝敗を決するような根回しを十分に行い、短期で決して天下を作ってしまうところが、それまでの律儀で辛抱強い家康像とは対照的で、狸呼ばわりされるところなのでしょう。
家康が天下を取るための政治活動の中で最も重要視し、媚を売って味方につけたのが北政所。秀吉の正室で、世継を生んだ側室の淀より大儀になるし、影響力の大きさから敵に回してはいけないと恐れていたのかもしれません。秀吉の死後から大阪の陣まで、傍若無人に振舞える権力者になった家康が、ひとりの寡婦を恐れ、生涯気を遣い続けるあたりも北政所の魅力だと思いました。加藤清正との関係も好きです。清正は北政所を心から慕い、北政所も彼を「虎之助」と可愛がる。これは創作だろうけど、子供の頃の話として清正が彼女に母のように思うと言って、彼女が「なぜ姉上と言いませぬ」と笑って返すやりとりが、司馬遼太郎が描く北政所らしい魅力に満ちています。
その北政所と仲が良く、加賀百万石を作ったとも言われる前田利家の正室・まつも、北政所に劣らぬ賢婦ぶりを発揮してくれます。夫の遺言を反故にし、加賀前田家を守るため家康の専横に憤る息子たちを制して自ら人質になる。加賀百万石を作ったのも自分なら、利家亡き後は守るのも自分しかいないと思ったのでしょう。夫の遺言を聞きながら、内心息子の器量では無理だと判断するような夫人ですから。北政所にしろ芳春院にしろ千代(山内一豊室)にしろ、政治感覚に優れた賢婦はステキです。乱世には高い教養よりも、機敏な政治感覚と決断力が大事だと思う。芳春院の、家を守るためにメンツを捨てた決断は、邪魔な大勢力を潰すと同時に、敵対する豊臣恩顧の大名を一網打尽にしようと目論んだ家康には誤算だったのかもしれない。

関ヶ原に於ける三成の気持ちはわかるし、間違っていないんだけど、やり方がまずいなぁと歯痒かったです。敗戦の責任が、三成にあると言われても仕方がない。人質を取ろうとしてガラシャの死(彼女はそれを殉教だと思った)に怖気づいたなんて本当に中途半端で、強行すれば結果は違ったんじゃないかな。恐らく家康は、ひとりの婦人の死に方針を変えることはないと思うし、左近が三成の立場でもそうだと思います。小大名としては優れた人物だけど、それ以上の立場には不向きだと思いました。自分が正しいという信念が強く横柄で、薩摩の島津軍を怒らせるし。家康の老獪なところは、お世辞にも人望があると言えない彼を、西軍の総大将的位置に追い込み、自分の得意な野戦で短期決戦に持ち込んだところだと思う。作中、三成と直江兼続は生まれた時代が早かったと書かれていたけど、戦国の気風が残る当時に彼らは確かに浮いた存在に見えました。江戸時代中期以降に盛んになったような儒教的な教養が高いのは、理解されない不幸があったことでしょう。

左近と大谷吉継が好きなのは、三成や直江に比べてずっと現実的なところです。大谷吉継の、戦えば負けると承知しながら、病を押して西軍につき(家康には誤算だったと言われているらしい)、友情に殉じるつもりの美しさ! 左近は吉継に比べ、勝算の見込みがあると思っていたように感じます。自分が殿を勝たせるんだという熱意、という表現の方が良いかな。そのあたりの違いはあるけど、左近も吉継も三成のために死ぬことは厭わず、情念を燃やす姿に胸を打たれました。左近は死体が見つからないほど、凄絶な討ち死に。大谷隊の最後は、悲しくて切ないけど見事で、後世長く愛されたことにも納得です。作中否定的な印象で書かれている家康だけど、吉継の首の場所を答えない藤堂高虎の甥を咎めず功を賞したところは、それが家康好みの意地だったのかな。
苛烈な死に様では上記ふたりに劣らない、鳥居元忠。死を承知で伏見で奮戦し、圧倒的多数の西軍を何日も足止めし、結果東軍につくことを決断した将も出たと思う。三河は主君への忠誠心が厚い土地柄だけど、だからといって家康本人がしょうもなければそこまでしないだろうし、そういう人材に恵まれたところが家康の幸運と人望だと思う。
伏見城の鳥居元忠と同じようなことをし、老獪さでは家康に負けていないであろう、真田昌幸。ご存知、真田幸村の父。真田の血を残すため、長男(信之)を東軍に味方させ、自分と次男(信繁=幸村)は西軍につき、徳川秀忠率いる軍の足止めに成功した上、遂に関ヶ原に参戦させず、もちろん戦死もしない。彼が大大名で西軍総大将であれば、関ヶ原の結果は違ったかもしれません。息子・幸村の正室は、大谷吉継の娘です。三成の親友で幸村の岳父、なんで戦国無双2ではモブ扱いなんだろう? そんな疑問を抱いた人は、わたしだけじゃないと思っています。(笑)

黒田官兵衛は物語の終盤、意外なダークホース的に登場。秀吉が警戒する余り、働きに不相応な小禄しか与えなかったけど、本当に惜しい! 息子がほとんどの兵を東軍側として率いている間に、少人数で西軍だらけの九州を平定。関ヶ原が短期で終わらなければ、四国を平定後、兵を率いて一気に天下取りという面白いことをやってくれたかもしれません。ただ不幸にもそうならなかった上、息子が父の才覚や「最後に天下でも」という野望を理解できず、苦々しい発言をするのは不満と失望の表れだと思いました。恐らくこの時ほど、後藤又兵衛が実子だったらと歯痒く思ったことはなかったかも。官兵衛は野心家というイメージがあったけど、『播磨灘物語』を読んで印象が随分変わりました。この作品については、後ほど改めて。

物語の流れを無視してここまで書きましたが、西軍寄りの視点で書かれているので家康嫌いになるかもしれないけど、抜群に面白いです。エネルギーを使って読む価値があると思います。作中の三成には苛々することはあるけど、現実的じゃないだけで信念は間違ってもいないし、不運の人だと思っています。でも、わたしにとっては島左近がひたすらかっこいい物語でした。しまさこにゃんが泣きながら読むのも納得です。(笑)