- 【 戦雲の夢 】
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長曾我部元親の息子・盛親の話。講談社文庫。
嫡男、正室を続けざまに亡くした元親が、世間から取り残される道を選び、そのために招いた悲劇が半分近くに渡って書かれています。関が原でどちらにつくか、わかっていながら偉大な父が何もしないため、時勢が見えているのに行動できない盛親。父が急逝し後を継いでからは、東軍につきたいにも関わらず西軍に組せざるを得ず、既に戦が終わったと観念して関が原に立つ。不運が重なり改易され、屈辱的な浪人生活を送る。盛親の話でありながら、それらは元親が残した負の遺産によるもので、情熱を燃やすことなく常に冷めた目で世間を見る彼は、ただ流されるばかりです。
話が盛親自身の意思、選択に移ったと感じたのは、所司代が派遣した女諜者の代わりに屋敷に使えることになった女・お里が登場してから。今日の具足師の娘で自分を殿様の家来と言いながら、格式のない世間で育った彼女は盛親と対等に向き合い、彼はかつて愛し、若くして病死した田鶴のように思い、愛するようになる。優柔不断で利口が過ぎ、冷めた目で自分を含めた世間を見ていた傍観者のような彼が、彼女をきっかけに変わる。何もしないまま終わった関が原の撤退、燻ったままの情念を燃やす機会が大阪の陣でした。
大阪の陣の結果はご存知の通りですが、『夏草の賦』で「あとかたもなくなり、歴史から消えた」と言われた盛親の最後に、こうだったら良いなと思わせる推測があります。史実としては刑死だったようですが、長曾我部家が歴史から消えても、彼とお里は幸せに余生を過ごしてもらいたいと思いました。
お里と出会うまで物語の半分は、はっきりしない盛親同様、退屈な無駄話が大半を占めているような印象です。しかし最後、遂に自分の情念を燃やしたこの物語の終わりは、『夏草の賦』よりも後味が良かった。
桑名弥次兵衛と百々雲兵衛
弥次兵衛は盛親の傅人の子で田鶴の兄。長曾我部家を改易に追い込んだ藤堂家に(恐らくそれとは知らず)、一族を守るために仕える。大阪の陣でかつての主君であり、幼馴染でもある盛親を前に取った彼の行動が、作中最も心を打たれました。渋々他家に仕え、数多く敵がいる中、皮肉にも旧主と敵対した彼が、ああいう行動を取ったのも、彼が典型的な土佐の武士だったからなのか。
「殿、弥次兵衛の活躍をご覧じろ」
「おう、見ていようわ」
これだけのやり取りに、目頭が熱くなりました。
雲兵衛は偶然出会った盛親に惚れ込み、彼に仕えるが、盛親は与える禄もないので家臣ではなく友垣と言う。大阪の陣の時は老いた彼が、一縷の望みを賭けて里を連れ出す。司馬氏の作中に伊賀者は度々遭遇しますが、盛親に情を掛けた最後の行動は伊賀者らしくないのに、伊賀者にしかできない忍の技も見せつけてくれました。
大阪の陣・西軍
真田幸村も後藤又兵衛も、勝利よりも自分に燻る情念を燃やし尽くすことしか考えていないように感じました。勝てるはずの関が原を落としても生き延びた禄のない浪人(又兵衛に至っては新たな主君を求めることもできない仕打ちを受け)が、最後に一泡吹かせてやろうと蜂起した。淀殿や秀頼には気の毒ですが、彼らは勝利を得ることが不可能に近いとわかっていたはずです(尤も『城塞』を読むと、大阪の陣で勝てない理由は東軍よりも、西軍にありましたが)。
盛親も彼らと同じく、乱世に生まれた武士として、自分を全うしたい熱意を共有するようになっていました。彼らの敗北は無念でしょうが、大阪の陣で自己満足を得たのではと思っています。